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 家族だっていいさ。
 仲間だっていいさ。
 恋人だっていいさ。

 間柄なんて後から決めてしまえばいい。

 

 

 

 

 


     第一篇  『 始まりの日 』

 

 

 

 

 

 いつから一緒に居るかなんて覚えていない。彼は彼女の後ろにいつも付いていた。
 彼女は彼にとって憧れであり、目標だった。

 彼は口癖のように、いつも彼女に言った。

 比べろ。俺とあんたを比べろ、と。
 
 そんな彼に彼女はいつも呆れたように、こう返した。

 坊やね、と。


 彼女の背中をずっと追ってきた彼は、いつしか彼女に依存していたのだろう。彼女が失態を犯した
時、彼は当然のように彼女に絶望した。

 彼は彼女の元を去った。去り際の彼女の顔は見なかった。
 もしかしたら、悲しんでいるのかもしれない。
 いつものように余裕の見える笑みを浮かべていたのかもしれない。しかし、彼にとってそれは、些
細なことだった。 

 
 この世で一番、尊敬していた。
 この世で一番、絶望している。
 
 あんなふうになりたいと、追った背中だった。
 あんなふうになるまいと、別れた最後だった。  

 

 


T,

 

「はぁ……暇ね」

 よく晴れた昼下がり。マヨヒガの縁側に座り、濃い緑茶を啜りながら幻想郷最強の妖怪こと、八雲 
紫が呟いた。

「お暇なら、家事を手伝ってくださると助かるんですが」

 その横で呆れたように呟くスキマ妖怪の式、八雲 藍。彼女らが住む『マヨヒガ』では当たり前の
光景だった。

「こんなにいい天気なんだし、神社の巫女でもからかいに行こうかしら」

「手伝うという選択肢は無いんですね……」

 最初っから分かってましたよ、とグウタラ主人に肩を落とすと、藍はマヨヒガの中へと入っていっ
た。
 当の紫は、そんなことお構いなしに茶を飲み続けている。

「……あら?」

 彼女が本日6杯目のお茶に手をしようとしていた時だった。紫は妙な感覚を察知した。
 硬い膜が、破られるような感覚。それは間違いなく、彼女が管理する結界と『博霊大結界』の二つ
が破られる感覚だった。

「紫様!!」

 彼女の式である藍も同じ感覚を察知したのだろう。部屋の中から飛び出してきた。

「ええ…何かが結界を壊して、幻想郷に入ってきたみたいね」

 紫は手に持っていた湯飲みを縁側に置くと、空を見上げ不敵な笑みを浮かべた。

「丁度、暇を持て余してた所だし……何やら楽しくなりそうね」


 
 

 


 目を開けると、一面の黄色。
 無限に続くとも思える向日葵畑の中で、青年は目覚めた。

「……は?」

 目の前に広がる非現実な光景に、呆然とする。

「目が覚めると、目の前には花畑が広がっていた…」

 うん、なかなかメルヘンじゃないか。夢が広がる。と青年は出来るだけ前向きに考えた。嘘だ。勘
弁して欲しかった。青年は暫く頭を抱えたが、それも長くは続かない。
 いかに美しい向日葵畑とはいえ、見知らぬ場所。そんな場所に、何故だか自分は独りでほっぽり出
された、という事実に気づいてしまったからだ。
 今では風に揺れる向日葵ですら不気味に見えてくる。

 とにかく、ココを離れよう。

 大自然の生み出した絶景はもう堪能した。向日葵畑なんざ、三十秒も眺めれば十分だ。
 
「な……なんだ?」

 しかし、歩き出そうとした青年の足はすぐに止まってしまう。どこからか聞こえてくるのだ。
 ガサガサと草を掻き分ける音と……荒い息遣いが。

「……リ、リスか! そう、リスだ!! 絶対リス!! 可愛いリス!!」

 素敵な現実逃避をしながらもへっぴり腰でファイティングポーズ。しかし、残念ながらリスは草を
掻き分けて移動しないし、地を揺らすような足音を立てることなんて不可能だ。
 当然、青年もそんな事は分かっている。ちょっとした冗談だ。だからへっぴり腰でファイティング
ポーズ。

「た、狸か!!? ああ、そうか、狸だったか!! 狸に違いない!!」

 残念ながら狸は涎を垂らしながら肉食獣のような唸り声は出さないだろう。
 当然、青年もそんな事は分かっている。ちょっとした冗談だ。だから今度は回れ右をして全速力で
走り出した。ギャーーーッというヒステリックな声を上げながら。

「ハッ ハッ ハッ  付いて来んなよぉぉぉ!!!」

 走る青年の後ろには鋭い牙と太い腕を有し、少なくともリスや狸などでは無い異形が迫っていた。
しかし、距離は付かず離れず。まるで逃げる青年を見て、楽しんでいる様な節もある。

「な、何で!! 追いかけて来るんだよ!!!」

 首を回して異形に叫ぶ青年。答えは異形の口から垂れ続ける涎で十分だった。

「こんな時間から食事してたら太っちまうぞ!! いいのか!? 良くないだろ!? 俺はスリムな
お前のほうが好みだな!!」

 決して答えの返ってこない、切ない問答を繰り返しながら、青年は一体どれほど走ったのだろうか。
いい加減このクソ無駄に広い向日葵畑を抜け出してもいいはずなのだが。

 

 青年は気がつかない。自分が焦るあまり、ずっと同じ場所をグルグルと回っているに。

「ギャーーーーーーーッ!!!」

 理由は至極簡単。彼がアホの子だったからだ。

 

 青年は気がつかない。相変わらず、ヒステリックな青年の姿を、


「あらあら……随分と派手にやらかしてくれちゃって…」


 やや離れた場所から冷ややかな笑みを浮かべながら見つめている女性がいる事に。
 


「まったく…ひどい事するわね」

 透き通るようなグリーンの髪を靡かせながら、手に持っていた純白の日傘を閉じると、女性は地面
に転がっている一本の向日葵を拾い上げた。先ほどから走り回る青年と異形が踏み倒していったもの
だろう。

「少し……お仕置きが必要…かしら?」

 閉じた日傘を持ち直し、女性――『四季のフラワーマスター』、風見幽華はひどく様になる、サディ
スティックな笑みを浮かべ、そして一瞬のうちに姿を消した。